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【連載: 漫画『ONE PIECE』ワンピースで学ぶ世界史】第43〜68話 "鷹の目のミホーク"登場!権威の象徴、鷹狩の歴史を紐解くとサルゴン2世からフリードリヒ2世、仁徳天皇から信長、秀吉、家康みんな登場!

この連載は無料公開されている『ONE PIECE公式漫画アプリ』から中学校社会科の歴史、高校世界史や日本史、そして現代世界情勢への興味・関心を引き出していくプロジェクトです。第43〜68話に登場する"鷹の目のミホーク"から鷹狩及び鷹狩を好んだ歴史人物たちについて
関心を広げます。

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[長子作: 鷹の目のミホーク]

■"鷹の目のミホーク"登場!

第50話ではクリークの艦隊を壊滅させたミホークが登場します。

コックたち「そんな…まさか!」
  「…じゃああの剣一本であの大帆船をブッた斬ったとでも!?」
ゼフ「そうさ……… "鷹の目の男"とは大剣豪の名 やつは世界中の剣士の頂点に立つ男だ」

いよいよミホーク登場ですね。この孤高の海賊姿も読者を惹きつけますね。ずっと1人なんですかね。筆者はレイリー、シャンクスと並んでとても好きなキャラクターです。

■鷹にまつわる歴史 鷹狩は権威の象徴

この鷹と言いますとどうやら権威の象徴のようでして、確かに日本史のお殿様たちが鷹狩をしていたのは有名な話ですね。
調べてみると歴史は古く、世界的には紀元前3000年から紀元前2000年ごろに始まったようです。
Wikipediaにはこうあります。

紀元前3000年から紀元前2000年ごろの中央アジアないしモンゴル高原が起源と考えられているが、発祥地と年代について定説はない[2]。

アッシリアサルゴン2世の時代(紀元前722-705)になると明らかな証拠が存在する[3][4]。中国では周の時代、紀元前680年ごろに鷹狩りの存在が確認できる[5]。

ヨーロッパには紀元400年ごろ、フン族とアラン人の侵入の際に持ち込まれたと考えられている[6]。

神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世(1194-1250)は鷹狩りに深い造詣を持ち、さらに十字軍遠征の際に中東の鷹狩りについて書かれた解説書をラテン語に翻訳している[7]。
フリードリヒ2世は『De arte venandi cum avibus(鳥類を利用した狩猟技術)』という鷹狩りの研究書を書いており、この書は鷹狩りについて包括的にまとめた初めての書であるだけでなく、鳥類学と動物学の発展にも大きく寄与している[8]。


歴史的に鷹狩りは中世貴族の娯楽または権威の象徴であり、時間、金銭、空間などが必要とされることから貴族階級や富裕層に制限されてきた。

鷹は黄金よりも高額で取引されることもあり、豪胆公フィリップの息子ジャンがオスマン帝国に囚われたときには、バヤズィト1世は身代金として20万枚の金貨の申し出を断り、12頭のシロハヤブサを要求している[5]。

確かに鷹って気高いイメージがありますね。権威の象徴というところも、剣士の世界の権威という感じでミホークとのイメージも合いますね。

■日本の鷹狩は古墳時代から??

さて、我が国における鷹狩はいつ始まったのか?なんと遡ると古墳時代からとの記載がありました。

日本では支配者の狩猟活動は権威の象徴的な意味を持ち、古墳時代の埴輪には手に鷹を乗せたものも存在する。

日本書紀には仁徳天皇の時代(355年)には鷹狩が行われ、タカを調教する鷹甘部(たかかいべ:鷹飼部)が置かれたという記録がある[1]。

天皇の鷹狩をつかさどる役職として放鷹司(大宝令)/主鷹司(養老令)が置かれたが、鷹狩は朝廷や貴族の猟であり団体行動を行う軍事訓練としての側面もあった[1]。

古代には専門職としての鷹匠が生まれるとともに、獲物の減少を防ぐため禁野(きんや)という一般の出入りを制限する禁猟区が設けられた[1]。

正倉院に放鷹司関係文書が残っており、長屋王邸跡から鷹狩に関連する木簡が出土している。

手に鷹を乗せた埴輪って見てみたいですね。

■世界で2番目に古い鷹狩の教科書は嵯峨天皇が編纂!奈良時代平安時代の有名人が続々登場!

奈良時代の愛好者としては大伴家持橘奈良麻呂が知られ、平安時代においては、初期の桓武天皇嵯峨天皇陽成天皇光孝天皇宇多天皇醍醐天皇らとその子孫は鷹狩を好んだ。

嵯峨天皇は鷹狩に関する漢詩を残しているほか、技術書として『新修鷹経』を編纂させている(818年)。
現存する鷹狩技術のテキストとしては世界で2番目に古い。

中期以降においても、一条天皇白河天皇などの愛好者が現れたが、天皇自身よりも貴族層による鷹狩が主流となる。
坂上田村麻呂在原行平在原業平は鷹狩の名手としても知られ、源信は鷹狩の途中で事故死したと伝えられている。

鷹狩は文学の題材ともなり、『伊勢物語』、『源氏物語』、『今昔物語』等に鷹狩にまつわるエピソードがある。和歌の世界においては、鷹狩は「大鷹狩」と「小鷹狩」に分けられ、中世にいたるまで歌題の一つであった。「大鷹狩」は冬の歌語であり、「小鷹狩」は秋の歌語である。

■ 仏教の殺生禁止の思想と神道における贄献上の思想の間で揺れる鷹狩

これも中々の興味深いですね。世界史的にはどちらかの宗教が片方を征服していくことが多いように思いますが、日本はそれぞれに触れつつも共存、並存していくところが日本的だと感じますね。まさに和をもって尊しとなす、ですね。

古代の鷹狩は仏教の殺生禁止の思想と神道における贄献上の思想(天皇についてはこれに王土王臣思想が加わる)のせめぎ合いの中で規制と緩和が繰り返されてきたが、最終的には天皇と一部貴族による特権とされるようになった。

また、鷹狩の規制は鷹の飼育や狩りで生活をしてきた蝦夷の生活を圧迫し、平安時代前期の蝦夷の反乱を原因の一つになったとする見方もある[26]。

■鷹狩を好んだ織田信長豊臣秀吉徳川家康。世界最古の人工繁殖成功記録は日本でした!

中世には武家の間でも行われ始め、一遍上人絵伝聖衆来迎寺六道絵の描写や『吾妻鏡』・『曽我物語』の記述に鎌倉時代の有様をうかがうことができる。室町時代の様子は洛中洛外図屏風各本に描かれている。


織田信長豊臣秀吉徳川家康はいずれも鷹狩を好み、他の大名の間でも広く行われるようになった[1]。

信長が東山はじめ各地で鷹狩を行ったこと、諸国の武将がこぞって信長に鷹を献上したことは『信長公記』に記載されている。
また、朝倉教景(宗滴)は、庭で鷹を卵から育てる人工繁殖を行っており、この養鷹法は戦国武将の中でも特異な例とされる[27]。
現在判明している限りでは世界最古の成功記録である(『養鷹記』)。

公家及び公家随身による鷹狩も徳川家康による禁止まで引き続き行われ、公卿の持明院家西園寺家、三条西家、地下の下毛野家などが鷹狩を家業とし、和歌あるいは散文形式の技術書(『鷹書』)が著されている。

近衛前久は鷹狩の権威者として織田信長と交わり、また豊臣秀吉徳川家康に解説書『龍山公鷹百首』を与えている。

一方、武家においても、諏訪大社二荒山神社への贄鷹儀礼と結びついて、祢津流、諏訪流、宇都宮流等の鷹術流派が現れ、禰津常安(松鴎軒)門下からは、屋代流、荒井流、吉田流など8つの流派が分派した。

■今でいうゴルフ?鷹狩は養生法へ進化!

日本人て一つ一つの活動を道や法へと高めていくのが素晴らしいですね。

戦国武将の間で鷹狩が広まったが、特に徳川家康が鷹狩を好んだのは有名で、単なる鷹好きとか慰めの域を越えて確たる養生法と捉えていた。

『中泉古老諸談』によると家康は鷹狩を気分転換の遊芸にとどめず、身体を鍛える一法とみなし、内臓の働きを促して快食・快眠に資する養生と考えていたことが知られている[28]。

家康には鷹匠組なる技術者が側近として付いていた。鷹匠組頭に伊部勘右衛門という人が大御所時代までいた。東照宮御影として知られる家康の礼拝用肖像画にも白鷹が書き込まれる場合が多い。

江戸時代には代々の徳川将軍は鷹狩を好んだ。

3代将軍・家光は特に好み、将軍在職中に数百回も鷹狩を行った。
家光は将軍専用の鷹場を整備して鳥見を設置したり、江戸城二の丸に鷹を飼う「鷹坊」を設置したことで知られている。
家光時代の鷹狩については江戸図屏風でその様子をうかがうことができる。

将軍家と大名家の間では鷹や鷹狩の獲物の贈答が頻繁に行われ、これら献上や拝領は家格に従って品数まで定着するまでに至った[1]。
また参勤交代で江戸にいる諸大名に対しては江戸近郊に拝借鷹場を定めて鷹狩を許した[1]。

一方で鷹狩は殺生にあたるとして行わない将軍や藩主もいた[1]。5代将軍・綱吉は動物愛護の法令である「生類憐れみの令」によって鷹狩を段階的に廃止し、鷹狩に関連する贈答もすべて禁止した[1]。

明治維新後に自由化された鷹狩

一時的に綱吉の時代に規制がかかりましたが、8代将軍・吉宗によって復活しました。
その後、明治維新によって自由化されたようです。

明治維新後、鷹狩は大名特権から自由化され、1892年の「狩猟規則」及び1895年の「狩猟法」で9年間免許制の下に置かれた。

1901年の改正「狩猟法」以後、狩猟対象鳥獣種・数と狩猟期間・場所の一般規制のみを受ける自由猟法として今日に至る。

明治天皇の意により、宮内省式部職の下で鷹匠の雇用・育成も図られたが、第二次世界大戦後、宮内庁による実猟は中断している。

幕府・宮内省鷹匠の技術は、村越仙太郎(1857? - 1937年)・花見薫(1910 - 2002年)ら、退職した宮内省/宮内庁鷹匠により民間有志に伝えられ、現在活動している鷹狩従事者(松原英俊を除く)は、特定流派名を名乗るか否かに関わらず、そのいずれかの技術的系譜を引く。

以上、鷹狩一つとっても5000年近くの歴史がありましたね。

■参考文献①今回のテーマを深掘り

■参考文献②筆者の基本セット

・『ONE PIECE公式漫画アプリ』
ONE PIECE公式漫画アプリ

・教科書、用語集、人物辞典他

■あとがき

意外と鷹で掘り下げられましたね。まさかサルゴン2世が登場するとは思いませんでしたね。恐るべしアッシリア帝国

ご覧いただきありがとうございました!
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