歴史人物の子孫を育てるパパ新聞

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【連載: 漫画『ONE PIECE』ワンピースで学ぶ世界史】第69〜95話 ナミは魔女⁉︎現在も残る"魔女狩り"の概念〜旧石器時代から旧約聖書、ローマ"十二表法"、現代イスラエルからサウジアラビア、そして米国トランプ大統領まで〜

この連載は無料公開されている『ONE PIECE公式漫画アプリ』から中学校社会科の歴史、高校世界史や日本史、そして現代世界情勢への興味・関心を引き出していくプロジェクトです。第69〜95話に登場する"魔女"の発言から魔女と魔女狩りの歴史について関心を広げます。

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[次子作: ゴサの町の少年チャボ]

■"魔女"みたいな女に邪魔されたチャボ

第70話ではノジコに助けられたゴサの町の少年チャボが経緯を語ります。

チャボ「おれは…アーロンパークにも行ったんだ……‼︎ だけどアーロン一味の女に邪魔された‼︎ 魔女みたいな女であいつだって殺してやりてぇよ…‼︎ おれはくやしいっ‼︎」
ノジコ「……じゃあ死ね やるだけやってぶっ殺されて楽んなってきな 死ぬことを知ってまでやるなら復讐上等!」

というわけで今回のテーマは魔女です。

この文脈では魔女が悪い存在として表現されてますね。魔女のマは悪魔のマですから、まあどちらかと言えばネガティブですね。
現代でもトランプ大統領ロシア疑惑を追及されたときに「こりゃ魔女狩りだ」と反論していました。

さてこの現代でも用いられる魔女とか魔女狩りとかって一体なんなのでしょうか。
おとぎ話なのか、ルーツがあるのか、どんな歴史があるのか調べてみましょう。

■魔女とは?古くは旧石器時代から?

まずは概要、定義からいきましょう。
Wikipediaにはこうあります。

魔女(まじょ、英: witch、仏: sorcière、スペイン語: bruja、独: Hexe)とは、古いヨーロッパの俗信で、超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間、または妖術を行使する者のことを指す[1]。


『魔法の円』 (ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス、1886年)。
現代の人類学では非ヨーロッパ諸国の呪術にシャーマニズムの概念を適用することがあるが、ヨーロッパの魔女や魔法にもシャーマニズムに通じる面があることが指摘されている[2]。

旧石器時代の洞窟壁画には呪術師ないし広義の「シャーマン」と解釈される人の姿が描かれており[3]、呪術は有史以前に遡る人間とともに古い営みであると考えられている。

現存する史料からうかがわれる魔女狩りの時代の魔女観では、魔女は、多くの場合女性で、時には男性であったとされている[4]。

近代ヨーロッパ言語には「男性の魔法使い」を指す言葉(仏: sorcier、独: Hexer, Hexenmeister)も存在するが、日本語では「魔男」という言い方は普及しておらず、男性形の sorcier に「魔法使い」という訳語を当てる場合がある[5]。

魔女 - Wikipedia

というわけで解釈によっては旧石器時代からとなるともはや先史時代からの話になりますね。
最初に定義を押さえるのですが基本戦略が崩壊する事実が書いてありました。

概説 編集

冒頭で魔女の一般的な定義を与えたが、すべてに当てはまる最大公約数的定義を示すのは困難である。

ヨーロッパの歴史における魔女は複雑な背景を持つ重層的な概念となっており、多面的な魔女像が存在する。

古代や中世前期での原型的魔女ないし魔法使いから、中世末以降に魔女論者たちが定式化し識字層に広まった類型的魔女像、近世・近代の民間伝承やメルヘンの中の魔女像、19世紀以降に考えられたロマンチックな魔女像や、20世紀以降の新異教主義の魔女に至るまでの、さまざまなものが魔女という言葉で括られている。

というわけで、時代時代で魔女の定義は変化していっているわけですね。

■"魔女狩り"ってなに?4万〜6万人が犠牲に⁉︎

さて魔女というと最近トランプ大統領が言及していた魔女狩りが思い出されるのですが、これは一体なんなのでしょう?

過去に取り上げたジャンヌダルク魔女狩りの対象となっていました。
【連載: 漫画『ONE PIECE』ワンピースで学ぶ世界史】第43〜68話 腹にくくった"一本の槍"、大戦槍に勝利したルフィと大戦争(百年戦争)で勝利した仏ジャンヌ・ダルク - 歴史人物の子孫を育てるパパ新聞

魔女狩り(まじょがり、英: witch-hunt)は、魔女とされた被疑者に対する訴追、裁判、刑罰、あるいは法的手続を経ない私刑等の一連の迫害を指す。


魔術を使ったと疑われる者を裁いたり制裁を加えることは古代から行われていた。

ヨーロッパ中世末の15世紀には、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な魔女裁判が興った。

そして初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。

現代では、歴史上の魔女狩りの事例の多くは無知による社会不安から発生した集団ヒステリー現象であったと考えられている。



棒にまたがった魔女図像の最初期のもの[1]。
マルタン・ル・フラン(フランス語版)の長編詩『女性の擁護者』の写本(1451年頃)より
かつて魔女狩りといえば、「12世紀以降キリスト教会の主導によって行われ、数百万人が犠牲になった」と言われていたが、このような見方は1970年代以降の魔女狩りの学術的研究の進展によって修正されている。

「近世の魔女迫害の主たる原動力は教会や世俗権力ではなく民衆の側にあり、15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4万人から6万人が処刑された」と考えられている。

もとより「Witch-hunt」という女性名詞を用いた俗称(男性名詞はWizard)から日本では「魔女狩り」と翻訳されるが犠牲者は女性のみならず、セイラム魔女裁判ベナンダンティ弾圧に代表されるように男性も多数含まれていた。

魔女狩り - Wikipedia

んまー、自分が信じるもの以外のものを信じている人たちは怖いから排除、といった感じですね。"集団ヒステリー"とはなかなか辛辣な表現ですが、今の時代でも、学校の中でも見え隠れしている現象のような気もします。

魔女狩りのルーツは古代ローマ⁉︎法的根拠はあの"十二表法"

今の時代も同じことがあるよなぁと思って調べてみると、同じようなことは古代ローマでも記録があるようです。
"十二表法"とか、リウィウスの『ローマ建国史』とか受験でも出てくるキーワードですよね。

古代以来、何らかの超自然的な手段で他者を害することのできる人がいると信じられていた。ヨーロッパにおいてこの信仰はラテン語でマレフィキウム(英語版)と呼ばれる「害悪魔術」の概念につながっていく。


ギリシア語のパルマコン (pharmakon) は医薬と毒薬という両義性をもつ言葉で、これから古代ギリシアで妖術に相当するパルマケイア (pharmakeia) という言葉が派生した。

イオニアの古代都市テオースで、毒ないし悪しきまじない (pharmaka deleteria) で人や国家に危害を加える者は死すべし、という禁令があったことを示す史料があり、他の都市にも同様の掟があったと考えられる。


古代ローマではいかなる魔術も犯罪として処罰の対象であった。

共和政ローマ最初期の成文法「十二表法」では、超自然的な方法で他人の畑作物を自分のものにする行為などに対する刑罰が規定されていた。

リウィウスの『ローマ建国史』によると、疫病で多数の死者が出た前331年に、170人がウェネフィキウム(veneficium、毒殺ないし妖術)の嫌疑をかけられて処刑された。

さらに前2世紀には妖術の廉で数千人規模の人々が処刑される事件が数回起こったという(前184年に約3千人、前182-180年に約9千人)[2]。

社会不安の高まりがパニックを引き起こしたことや拷問の横行など、後のヨーロッパの魔女狩りと同様の特徴がみられる。

んまぁー人間本質は変わらないってことですね。異質なものはやはり排除してしまうのがサガというものでしょうか。だから多様性、多様性と叫ばなければなかなか人類は進歩しないのかもしれません。

ちなみに十二表法はこちらです。
十二表法 - Wikipedia

■中世ヨーロッパにおける魔女狩りのルーツは?

上述の説明で魔女狩りは中世ヨーロッパ後期に本格化したことがわかりましたが、そのルーツは何でしょうか。こんな説明がありました。

かつて「魔女狩り」といえば、「中世ヨーロッパにおいて12世紀のカタリ派の弾圧やテンプル騎士団への迫害以降にローマ教皇庁の主導によって異端審問が活発化し、それに伴って教会の主導による魔女狩りが盛んに行われるようになり、数百万人が犠牲になった」などと語られることが多かった。しかし1970年代以降、さまざまな研究によってこのようなステレオタイプな見方は覆されることになった。

ただこの"異端尋問"なるものがキーワードにはなっているようです。

実際には、記録に残っている最初の大規模な魔女裁判が起こったのは中世も終わりに近づいた15世紀前半のことであった[6]。

異端の追求は行っていても、呪術の問題は管轄外であった異端審問官が魔女狩りとかかわりを持つようになるのは、15世紀に入ってからのことである。

中世のカトリック教会においては占術や呪術は取り除くべき迷信とされたが、13-14世紀の異端審問官が民衆の呪術的行為に積極的に介入することはなかった。

教皇アレクサンデル4世は1258年に、異端審問官が占術や呪術の件を扱うのは、それが異端であることが明らかな場合に限ると定めた[7]。

そしてこの魔女狩りの根拠とされたのが旧訳聖書だったようです。

魔女狩りの根拠とされたのは旧約聖書出エジプト記」22章18節の「女呪術師を生かしておいてはならない」 (מְכַשֵּׁפָה לֹא תְחַיֶּה [məḵaššēṕāh lō’ təḥayyeh]) という記述である[11]。

ここで言う女呪術師、原語メハシェファ (מְכַשֵּׁפָה) とは、「魔法を掛ける」「魅惑する」という意味の動詞キシェフ (כִּשֵּׁף [kiššēṕ]) と語根を同じくする女性名詞である[12]。

この「魔術を行う女性」というほどの曖昧な表現が、ヴルガータでは「妖術師」 (maleficos)、欽定訳聖書(1611年)では「魔女」 (witch) という言葉に訳され、当時の人々のイメージに合わせて書き換えられた。このため、この部分が魔女狩りの聖書における根拠になりうると考えられた。

■魔女の概念を広げたグリム童話と反ユダヤ感情

こんなトピックで筆者が関心をもつイスラエルパレスチナが出てくるとは予想外でしたが、確かに中世キリスト教世界における異質な存在としてユダヤ人という存在は忘れてはならないものですね。
ハーヨム シャバット、ハーヨム シャバットって歌があったのを思い出しました。

孤独で社会的に疎外された魔女というイメージは当時の人々の先入見にあったものではなく、のちに生まれた伝承やグリム童話によるものである[9]。


また、魔女の概念は当時のヨーロッパを覆っていた反ユダヤ感情とも結びつき、「子供を捕まえて食べるかぎ鼻の人物」という魔女像が作られていった。

魔女の集会がユダヤ人にとって安息日を意味する「サバト」という名称で呼ばれるようになるのも反ユダヤ感情の産物である。

このように人々の間に共通の魔女のイメージが完成したのが15世紀のことであった。

魔女狩りの衰退。ガリレオデカルトニュートンと関係あるの⁉︎

結局今でも魔女狩り的なものは残るわけですが、中世ヨーロッパの魔女狩りはどう衰退していったのでしょう。

魔女狩りの最盛期は16世紀から17世紀であったが、17世紀末になって急速に衰退していく。

なぜ魔女狩りが衰退したのかということについてはさまざまな説があるが、どれも決め手に欠くきらいがある。

たとえば17世紀はガリレオ・ガリレイ(1564年-1642年)、ルネ・デカルト(1596年-1650年)、あるいはアイザック・ニュートン(1643年-1727年)など近代的な知性の持ち主たちが次々と登場し、出版物によって人々の意識を変えた時代であったため、前近代的魔女狩りが一気に衰退したという説明がされることがある。

しかしこのような見方はあくまで現代人の見方である。

こんだけ歴史の大物出しといて関係ないんかーい、と思いますが結局何かというと以下のようです。

ただ、17世紀末期になると知識階級の魔女観が変化し、裁判も極刑を科さない傾向が強まったこと、カトリックプロテスタントともに個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも個人にあるという概念が生まれてきたことは確かなことである。

迷信の中世から科学の近世、近代へということでしょうか。

■本当にあった"魔女対策法"

魔女や魔女裁判は宗教世界のものかと思いきや、近代現代でも法律で規定して施行されていた国もあるようです。
これは驚きでした。

イングランドで1624年に制定された魔女対策法が廃止されたのは1736年であり、最後の40年間はこの法律によって死刑となったものはいなかった。

しかしながら、これを引き継いだ1735年妖術行為禁止令は、1951年に詐欺的霊媒行為禁止令に取って代わられるまで存続し、1944年にヘレン・ダンカンが最後の拘留者となった。

この逮捕は、彼女によってノルマンディー上陸作戦の計画が露見するかもしれないことを恐れた軍情報部の要請によるものとも言われている。

1735年妖術行為禁止令は1983年までアイルランドで施行され続けた(が、実際に適用されることはなかった)。

パレスチナ委任統治していたイギリスの法制度を導入したイスラエルでは、現在でも施行され続けている。詳細は en:Witchcraft_Act#1735_Act を参照。

イスラエルではまだ施行されているんですね…。


■明日は我が身⁉︎今も生きる"魔女狩り"の概念

イスラエルではまだ法律があることが分かりましたが、取締り自体がなされている地域もあるようです。

アジア、アフリカ、オセアニアの一部で現代でも妖術や精霊の存在、シャーマニズムが信じられており、一部の暴徒によって私刑という形で魔女狩りが行われている。

特記すべきが中東サウジアラビアです。

TV サウジアラビアでは21世紀の現在も合法的に魔女狩りが行われており、イスラム宗教省の魔法部で魔法使いに魔法をかけられた場合にどうしたらよいか電話相談を受け付けている。

公的機関で本気で実施されており、相談内容に信憑性がある場合には実際に調査、逮捕、起訴が行われ、実際に魔女とされる人物が死刑執行されている。

また、魔女の摘発は宗教警察である勧善懲悪委員会が行っている。

サウジアラビアの法律では直接的に魔術の使用を犯罪として定義した法律そのものはないが、人間が魔法などの超自然的な力を持つと主張したり、信じることはアラーへの冒涜であるとされており、アラーへの冒涜には死刑が適用される。

魔法が死刑適用もありえる重罪ではあるが、現在でも地方では土着信仰の魔術を行う人物がいて、年に数件は摘発されている。

サウジアラビアの裁判制度は2009年現在でも政教一体のイスラム法に基づく宗教裁判であり、イスラムワッハーブ派の信仰に対する異端審問としての性格を持っている。

実際に2005年5月に魔術を使用した霊媒師の女性に死刑が執行されている。

また広い定義ではトランプ大統領の発言のように魔女狩りの概念は今も広く残るようです。

あるコミュニティ間で、思想的偏見にもとづいて行われる糾弾・排除行為のことを「魔女狩り」と隠喩することがある。

たとえば1950年代のアメリカ合衆国で吹き荒れたマッカーシズムの嵐や、1960年~1970年代中華人民共和国で約2千万人が虐殺された文化大革命での騒動もこの意味での「魔女狩り」になる。

吊るし上げや総括と似た意味を持つが、より「理不尽さ」の面を強調する時に用いることが多い。

また、現代日本における冤罪事件では、警察官が被害者の証言または自らの推理を過信し、自白重視の姿勢から拷問まがいの過酷な取り調べや違法な取り調べを行い、精神的に追い詰められた無実の被疑者が虚偽の自白をする、といった事例が数多く明らかになっており、このことを揶揄して「魔女狩り」「魔女裁判」と言うこともある。

というわけで今回のテーマは魔女と魔女狩りでした。

■参考文献①今回のテーマを深掘り

■参考文献②筆者の基本セット

・『ONE PIECE公式漫画アプリ』
ONE PIECE公式漫画アプリ

・教科書、用語集、人物辞典他

・筆者ベストチョイス①

聴き流しで歴史を学べるボカロシリーズ(幼稚園生からパパ&ママまで幅広くオススメ)

・筆者ベストチョイス②

カードゲームで覚える年号『タイムライン』シリーズと同じくカードゲームで覚える偉人『ソクラテスラ』

■あとがき

前回のネズミ大佐に続いて魔女も簡単に終わらそうかと思いましたが、魔女から魔女狩りに渡って現代社会にまで繋がる話で今回も予想外に深いテーマになりました。

歴史を学ぶことと同時に現代も生きる魔女狩りの概念を知ることで、自身が加害者にも被害者にもなりうる案外身近なテーマだったような気がします。クラスや職場で気に入らない仲間がいたとして、あることないこと言って仲間外れにしようとしたら、それはすでに魔女狩りなのかもしれません。

でもそんな魔女に実は助けられてたり、命を救われてたりするのかもしれないですね。
ナミとチャボの関係ように。

ご覧いただきありがとうございました!受験勉強や教養の向上に活用いただければ幸いです。
その他関連シリーズもぜひご覧ください。
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